大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所西条支部 昭和42年(ワ)14号 判決 1968年5月24日

主文

被告らは各自原告高橋健、同高橋千栄美に対し、各五五万円および各内金五〇万円に対する昭和四一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告高橋ミキ子の請求および原告高橋健、同高橋千栄美のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告ミキ子と被告らとの間に生じた分は同原告の負担とし、原告健、同千栄美と被告らとの間に生じた分は三分して、その一を被告らの、その余を同原告らの各負担とする。

本判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告らは各自、原告高橋ミキ子に対し金一六二万円および内金一五〇万円に対する昭和四一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員、原告高橋健、同高橋千栄美に対し各金一九八万八、二一二円および各内金一八四万〇、九三七円に対する同日から完済まで同割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

一、原告らの請求原因

(事故の発生)

(一) 昭和四〇年一一月二九日午後七時三〇分ごろ、愛媛県西条市中野加茂川西堤防上の国道一九四号線(巾員約六メートル)上(以下、本件事故現場という)において、被告越智が運転北進中の小型貨物自動車(愛媛4せ八九三一号、以下、被告車という)の右前照灯付近が、その前方を自転車を押して歩行北進中の訴外鈴木寛次郎の自転車の後部荷台に追突し、鈴木はその衝撃によつて路上に転倒し、頭蓋底骨折を伴う脳挫創により翌三〇日死亡した。

(被告会社の損害賠償責任)

(二) 被告会社は被告車を所有しているものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により本件事故について損害賠償義務がある。

(被告越智の損害賠償責任)

(三) 被告越智は、被告車を運転し本件事故現場付近に差し掛かつた際、「当夜は霧模様の天候で前方の見通しがあまりよくなかつた上に、約五〇メートル前方の対向車が減光する様子がなかつたのであるから、対向車の前照灯の光に眩惑されて進路前方に対する見通しがきかなくなることを考え、適宜減速徐行して進路前方の路上を注視し、その交通の安全を確認して進行し、もつて、追突その他の事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある」のにこれを怠り、漫然と時速約四五キロメートル(制限速度は毎時四〇キロメートル)で進行を続けたため、対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方に対する見通しを失い対向車のすぐ後を北進していた鈴木の発見が遅れ至近距離に迫つてからあわてて急制動の措置をとつたが及ばず、本件事故を惹起するに至つたもので、同被告には民法第七〇九条により本件事故について損害賠償義務がある。

(鈴木の損害―得べかりし利益)

(四) 鈴木は、本件事故当時四九才(大正五年一二月三一日生まれ)の健康体の男子で、いかなる労働にも耐えうる体力を持ち、訴外上野末松の経営する採石場で労務者として働き、月収平均約三万円(日給一、二〇〇円〔本給八五〇円、危険手当三五〇円〕で、月平均二五日稼働)を得ていたので、本件事故さえなければ、爾後一五年間は前同様に働いて右と同程度の収入を得ることができたはずである。他方、同人はその収入を得るために生活費として月平均一万円を要したであろうから(事故当時の生活費の内訳、主食費一、二〇〇円、副食費二、二〇〇円、間食費八〇〇円、ガス電気水道費八〇〇円、衛生費二〇〇円、衣服費一、五〇〇円、交際費二、〇〇〇円、調味料その他雑費一、三〇〇円、以上合計一万円)、これを右収入額から控除すると同人の一か月間の純収益は二万円となる。したがつて、同人は本件事故で死亡したことにより右の純収益の一五年分に相当する金額のそれを失つたというべきであり、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を月毎に控除して計算するとその死亡時における現価は二六八万一、八七四円(円未満切捨て)となる。

(鈴木の損害―慰藉料)

(五) 鈴木が本件事故により受けた肉体的精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円をもつて相当とする。

(鈴木の損害賠償請求権の相続)

(六) 原告健、同千栄美は鈴木の子であり、鈴木の相続人は右原告両名以外にないから、右原告両名は右(四)、(五)の損害賠償請求権を各二分の一即ち各一八四万〇、九三七円ずつ相続により取得した。

(原告健、同千栄美の損害―慰藉料)

(七) 本件事故当時、原告健は小学五年生、同千栄美は小学一年生にすぎず、その父親の鈴木を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料は、各五〇万円をもつて相当とする。

(原告ミキ子の損害―慰藉料)

(八) 原告ミキ子は昭和二八年ごろから鈴木と内縁関係を結び、同人との間に原告健、同千栄美の二子が生まれている。そうして、内縁の妻も民法第七一一条により慰藉料請求権があると解すべきであるから、同原告が本件事故で内縁の夫たる鈴木を失い、幼少の原告健、同千栄美を今後一人で養育しなければならないことによる精神的苦痛に対する慰藉料は一五〇万円をもつて相当とする。

(原告健、同千栄美、同ミキ子の損害―弁護士費用)

(九) 以上のとおりで、原告らは被告らに対し前記の各損害賠償請求権を有していたところ、被告らは、被告会社が原告健、同千栄美に対し各五〇万円を支払つた(右各五〇万円はいずれも得べかりし利益の一部に充当した)のみで、その余の支払いに応じようとしない。そこで原告らはやむなく昭和四一年一一月二七日、愛媛弁護士会所属弁護士木原鉄之助に対し本件損害賠償請求訴訟を提起することを委任し、そのさい手数料および謝金として、愛媛弁護士会の報酬規定により原告ミキ子は一二万円、原告健、同千栄美は各一四万七、二七七円を支払う債務を負担するに至つた。そして、右手数料および謝金も本件事故と相当因果関係のある損害であるから、被告らはその賠償義務がある。

ちなみに、右報酬規定によると、民事訴訟事件の手数料および謝金は、目的物の価格が一〇万円以下のものはその一〇〇分の一五ないし三〇、一〇万円を超え一〇〇万円以下のものはその一〇〇分の六ないし二〇、一〇〇万円を超えるものはその超える部分について一〇〇分の四ないし一〇を加えた金額と定められている。

(むすび)

(一〇) よつて、被告ら各自に対し、原告ミキ子は(八)、(九)の合計一六二万円、原告健、同千栄美はそれぞれ(六)の得べかりし利益の相続分から支払いを受けた各五〇万円を差し引いた残額、(七)、(九)の合計一九八万八、二一二円、および右各金員中(九)の各弁護士費用を除いた部分(その金額はいずれも請求の趣旨記載のとおり)に対する本件訴状送達の日の翌日の昭和四一年一二月九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁および抗弁

(答弁)

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

同(三)の事実中、本件事故当時の天候が霧模様であつたこと、その当時被告車は時速約四五キロメートルで進行したこと、被告越智が本件事故の直前に対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方に対する見通しを失つたことは認めるが、同被告に原告主張の過失があつたことは争う。

同(四)の事実中、鈴木が本件事故当時四九才であつたことは認めるが、その余は争う。鈴木が上野末松方で庭石採取の手伝いをしていたことはあるけれども、同人は昭和三九年八月から同四〇年九月まで生活保護を受けていたのであるから、原告らが主張するように、鈴木が上野方で労務者として継続的に働き、原告ら主張の収入を得ていたとは、とうてい信ずることができない。

同(五)は争う。

同(六)の事実中、原告健、同千栄美が鈴木の子であることは認めるが、その余は争う。

同(七)は争う。

同(八)の事実中、原告ミキ子が昭和二八年ごろから鈴木と内縁関係を結び、同人との間に原告健、同千栄美が出生したことは認めるが、その余は争う。原告ミキ子は本件事故の数か月前から鈴木との内縁関係を解消して、訴外近藤八郎と内縁関係を結び、事故当時は倉敷市で近藤と同棲していたものである。したがつて、同原告は鈴木の内縁の妻ではなく、本件についてなんらの損害賠償請求権も有しない。

同(九)の事実中、被告会社が原告健、同千栄美に対し各五〇万円を支払つたこと、原告ら主張の内容の愛媛弁護士会の報酬規定が存することは認めるが、その余は争う。

(抗弁―過失相殺)

本件事故当時、鈴木は飲酒酩酊して道路の中央部分を通行していたもので、これは夜間国道上を通行する歩行者として重大な過失というべきであり、このことは損害賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

(同―弁済充当の指定)

被告会社は原告健、同千栄美に対し、右各五〇万円を請求原因(五)、(七)の元金二五万円ずつの弁済と指定して支払つたのである。

三、抗弁に対する原告らの答弁

被告ら主張の抗弁事実は否認する。

第三、証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生)

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

(被告会社の損害賠償責任)

二、請求原因(二)の事実も当事者間に争いがない。

したがつて、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により本件事故について損害賠償義務がある。

(被告越智の損害賠償責任―過失の存在)

三、請求原因(三)の事実中、本件事故当時の天候が霧模様であつたこと、その当時被告車は時速約四五キロメートルで進行したこと、被告越智が本件事故の直前に対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方に対する見通しを失つたことは当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は国道一一号線加茂川橋西詰交差点から約五五米南方の国道一九四号線上であつて、現場付近の道路は南北に直線で、その東側は堤防の斜面を利用した畑を隔てて加茂川の川原に、西側は堤防斜面を隔てて田地となつており、周囲に視界をさえぎるものは全くなく、普段は見通しがきわめて良いが、本件事故当時は霧模様の天候のため見通しが悪かつたこと、その当時の現場付近の路面は簡易舗装でやや軟らかかつたこと、被告越智は被告車を運転して本件事故現場の南方約五〇メートルの地点に差し掛かつた際、進路前方(事故現場付近)に南向きで停車中と思われる前照灯を点じた対向車のために被告車の前照灯を減光したが、対向車は減光する様子がなかつたのに、漫然と従前の速度のまま進行したため、対向車の前照灯の光に眩惑されて一時進路前方の見通しを失い、折柄前方道路の中央付近を酒に酔い自転車を押して歩行北進中の鈴木の姿に対向車と離合する直前になつてから漸く気づき、あわてて急制動をかけハンドルを左に切つたが、既に鈴木の自転車まで一四、五メートルの至近距離に迫つていたので間に合わず、本件事故を惹起するに至つたことが認められる。右乙第一号証中右認定と若干ていしよくする部分は同第三、第五号証に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実および請求原因(一)の事実によると、被告越智には原告主張の注意義務(請求原因(三)かつこ内の部分)を怠つた過失があるというべきである。しかし他方、鈴木にも霧模様の天候で見通しが悪かつたのに、酒に酔つて道路中央部を歩行していた点において過失があつたといわざるをえない。

したがつて、被告越智は本件事故について損害賠償義務がある。

(損害賠償額)

四、そこで進んで損害賠償額について検討する。

(一)  鈴木の損害

1  得べかりし利益の喪失による損害

証人難波江貢の証言によると、鈴木は一か月に少なくとも八、二五〇円の生活費を要したものと認められるところ、〔証拠略〕を合わせると、鈴木は昭和三九年中に肩を痛めて十分働けず、一家五人(同人のほか、内妻の原告ミキ子、両者間の子原告健、同千栄美〔原告らの身分関係については当事者間に争いがない〕、原告ミキ子とその先夫との間の子訴外高橋利栄美)の生計を維持することができないとして、同年八月二八日から生活保護法による生活扶助を受けていたが、その後昭和四〇年九月ごろ原告ミキ子が鈴木と不仲になり、訴外利栄美、原告千栄美を連れて鈴木と別居するにいたつた(後記判示参照)ため鈴木は自分と原告健だけの生計を維持することができると考え、同月二二日右生活扶助を打ち切つてもらつたこと、そのころから鈴木は訴外石野武夫の世話で訴外上野末松の経営する採石場で、労務者として日給九〇〇円ないし一、〇〇〇円で働くことになつたが病弱のためか勤労意慾にとぼしく、かつ、昼間から飲酒にふけることもあつて、一〇月には約六日(収入合計約六、〇〇〇円)、一一月には約七日(収入合計約七、〇〇〇円)しか働かなかつたことが認められ、右認定に反し、この点にかんする原告ら主張事実にそう〔証拠略〕は前掲各証拠に対比してたやすく措信し難く、他に右原告ら主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがつて、鈴木には本件事故による得べかりし利益の喪失はないものというべきである。

2  慰藉料

鈴木が本件事故により生命を失つたことに対する慰藉料は前認定の本件事故の態様、鈴木の過失その他本件諸般の事情を総合すると一〇〇万円が相当というべきである。

ところで、原告健、同千栄美が鈴木の子であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、鈴木の相続人は右原告両名以外にないことが認められるので右原告両名は鈴木の死亡により右慰藉料請求権を各二分の一すなわち五〇万円ずつ相続したことになる。

(二)  原告健、同千栄美の損害(慰藉料)

右原告両名が父である鈴木を失つたことに対する慰藉料は、本件事故の態様、鈴木の過失その他本件諸般の事情を総合すると、各五〇万円が相当というべきである。

(三)  原告ミキ子の損害(慰藉料)

原告ミキ子が昭和二八年ごろから鈴木と内縁関係を結び、両者間に原告健、同千栄美が出生したことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕を合わせると、原告ミキ子は昭和四〇年九月ごろ鈴木とけんか別れして、訴外利栄美、原告千栄美を連れ、当時同原告が女中として働いていた料理飲食店の顧客で、倉敷市に住んでいた訴外近藤八郎方に身を寄せ、そこで本件事故当時まで同訴外人と同棲をつづけていたこと、他方、鈴木は同原告に多少の未練はあつたが、やむをえず同原告のことをあきらめ、知人の訴外石野武夫方に同居するようになつたことが認められ、〔証拠略〕中各右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、鈴木と原告ミキ子との間の内縁関係は昭和四〇年九月ごろ解消されたものというべきであるから、同原告の請求原因(九)の請求は、その余の判断をするまでもなく失当だといわなければならない。

(四)  弁護士費用

以上のとおりであるから、原告健、同千栄美は各自被告らに対し右(一)の2、(二)の合計一〇〇万円の損害賠償請求権を有するというべきところ、被告会社が右原告両名に各五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によると被告らが右以上に任意の支払をしなかつたため、右原告両名は昭和四一年一一月二七日愛媛弁護士会所属弁護士木原鉄之助に対し、本件損害賠償請求訴訟を提起することを委任し、そのさい手数料および謝金として、同弁護士会の報酬規定(請求原因(九)の同規定の内容については当事者間に争いがない)によりそれぞれ一四万七、二七七円を支払う旨約したことが認められる。

そこで、本件事案の態様、請求額、認容額その他本件諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用(手数料および謝金)は右原告両名について各五万円が相当というべきである。

なお、原告ミキ子については、前記のとおり同原告がその慰藉料請求権を有しない以上、その弁護士費用の請求もまた失当であることは明らかである。

(一部弁済の充当)

五、以上検討したところによると、原告健、同千栄美は各自被告らに対し前項(一)の2、(二)、(四)の合計一〇五万円の損害賠償請求権があるところ、右原告両名は被告会社から受け取つた前記各五〇万円を、請求原因(四)の損害賠償請求権の一部の弁済に充当した旨主張するが、右原告両名がこの損害賠償請求権を有しないことは前記のとおりであるのみならず、弁論の全趣旨によれば、被告会社は、その主張の弁済充当の指定をしたことが窺われるから、右各五〇万円は四(一)の2、同(二)に二五万円ずつ充当されたものというべきである。

(むすび)

六、よつて、原告健、同千栄美の本訴請求は、いずれも右各充当額を差し引いた残額すなわち(一)の2、(二)の残金各二五万円、(四)の五万円以上合計五五万円と(一)の2、(二)の各残金合計五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日の昭和四一年一二月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、右原告両名のその余の請求および原告ミキ子の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原金美 川鍋正隆 河田貢)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例